青山真治監督による「空に住む」制作ノート
『空に住む』へのノート
何年振りかの撮影、企画とともに原作を渡されて考えたことは、何をテーマにしようか、ということでした。いつもなら企画とともにテーマは自分で決めています。今回はこうしよう、という何かは自分で決めるしかないことです。何かとは、言ってみれば映画のエッセンスのようなものです。それだけは他の誰かではなく監督である自分が決める責任がある、と、この仕事を始めて以来、守って来たことです。
本作のためにそれを見つけるのにかなりの時間がかかりました。当然、長い間作品を作っていないという事情もありました。それから原作小説をお書きになった作詞家・小竹正人氏は、都市生活の困難さと暗い部分を非常に克明に描かれたのですが、私にはそれらだけでいいのかどうか、正直自信を持てないでおりました。それは自分の性格の問題だとしか言えない部分でもあります。
そんなある日、若くて優秀な女性会社員の自殺が報道されました。その報道に私は衝撃を受けましたが、その事件そのものより自分の生きている社会がそれにさして動揺していないことに感じる衝撃でした。そのとき、いま描くべきはこの現代日本社会に生きる女性たち(そして猫)の物語だと決めることができたのです。
思えばかなり以前からそれを繰り返している気がしますが・・・
今回違いがあるとしたら、こちらから、あなた方はどう考えるのか、と
つまり男の側からも問いかけているようなところでしょうか。
完成までこれまでで最も長い時間がかかりましたが、これを作ることでようやく私も一人の映画作家になれたのかもしれない、という気がしています。
青山真治
「空に住む」オピニオンコメント
※敬称略、順不同
◆蓮實重彦(映画評論家)
高さと低さに引き裂かれる多部未華子の艶やかに屈折した存在感。その美しさに殉じようとする青山真治は、初めて自分を捨て、映画に全幅の信頼を寄せることで、まぎれもない傑作を撮って見せた。
◆小泉今日子(女優・プロデューサー)
東京の高層マンション、窓から見えるビルボードのスターとの恋。
たった一人の女性の身に起きたファンタジーはきちんと現実の中にある。
原作、脚本、美術、そして監督のセンスに拍手。
◆榮倉奈々(女優)
覗き見したような、だけどあの時を思い出したような。
雲みたいに届きそうで届かない、触れそうで触れられない。
他人の気持ちってそーゆうものなのかな、って思ったりして。
青山監督の優しさにまた会えてとても嬉しかった。
◆石川直樹(写真家)
街ですれ違う人々は、みんな固有の生を生きている。そこに善悪なんてない。
そのことを丁寧に描きつつ、観ている自分をも肯定されている気がして、
最後は涙が抑えられなかった。
◆YOU(タレント)
マンガのページをめくるようなスピードがとても心地よい。
直実の心が 出会いと別れを呑み込みながら 嫋やかに育ってゆく。
浮遊していた その視線は ゆっくりと定まって 最後に微笑むんだ。
明日も 生きたいと思った。
◆南 ゆかり(『Oggi』エディター)
喪失感や孤独感を乗り越えるのは、自分。先に進むのも自分。痛みを伴うけれど、それが成長するということなのだと、この映画は教えてくれます。
◆川端里恵(WEBマガジン「ミモレ」編集次長)
泣きたい時に泣けない人ほど、動揺や秘密を抱えているのかもしれない。大丈夫そんなもんだとゆっくり染みてくる映画です。
◆立川志らく(落語家)
誰もが憧れる都会のタワーマンション。そこで暮らすことは空で暮らす事。しかしそこは最も孤独な空間でもあり全ては夢の出来事。まるで印象派の絵画の様な映画である。
◆華恵(エッセイスト)
猫を奥にやって、どうしてまた彼を招いたの。
本当にそれ、必要だったの?
バカ、と呟きながら、少し恥ずかしくなった。
もしかしたら、自分も同じことをするかも。
◆山根貞男(映画評論家)
不思議な映画だ。物語は隅々まで明快だから大いに楽しめるが、何の映画なのかと思うと、さっぱり分からない。ヒロイン多部未華子は迷宮をさまようみたいで、それが空に住むということか。
◆大嶺洋子(リトルモア・編集者)
いちばん大切な存在を看取る彼女の時間が胸に迫りました。死にゆく小さなものを尊ぶ彼女は、何があってもあなたの味方だよとまっすぐに言える強さをもった素晴らしい編集者。リスペクト。
◆荒井晴彦(脚本家・映画監督)
タワマンで猫と暮らしている女がスター俳優と出逢う『空に住む』は、マンハッタンのアパートメントでオードリー・ヘプバーンが小説家と出逢う『ティファニーで朝食を』の青山真治版だと思った。だから「ムーンリバー」が欲しい、と思った。
◆上野昻志(映画評論家)
ワンシーンごとに、開けていく世界。彼女は何者なのか? 何をし、何を考えているのか? 一人の女性を見つめつつ、青山真治は問いかける。いまを生きるとは、どういうことか?、と。
◆中原昌也(ミュージシャン・小説家)
何もない高所に佇む多部未華子を抱きしめる。その美しく力強い存在感だけで、涙が溢れて止まらない。
◆樋口泰人(爆音映画祭プロデューサー)
世界を変える演奏の始まりのほんの一瞬前、その事件を予告するようにすっと上げられた踵の不安と危うさと後戻りのできない決意の作り出す軽やかなビートがわれわれの腰を揺らす。そんなエルヴィスのつま先立ちのロックンロールにも似た「勇気」に溢れた映画だった。これ1回であと10年は生きられます。
◆廣瀬純(批評家、龍谷大学教授)
三代目J SOUL BROTHERSのバラードがこの上なく感動的に劇場に鳴り響く。
「今日の空は晴れてますか」の問いに、全ての登場人物、全てのショットが静かに全力で応えるのだ。